東のポストモダン

本をちゃんと読んでくれればわかるのですが、僕が「メタ物語」と言っているのは、物語の自己言及性のことではなく、物語の要素であるはずのキャラクターが物語を横断してしまう特徴のことです。

現在では、作品の制作過程で物語の作成と同じくらい、あるいはそれ以上に「キャラを立てる」ことが重視されますよね。しかし、キャラクターというのは、それを「立てた」瞬間に、複数の物語が自動的に召喚されるような存在なのです。これを、僕は「メタ物語的」な環境と呼んでいる。だから、別にメタフィクションじゃなくても、キャラクターが立って、2次創作を生み出せるようなライトノベルは、すべて原理的に「メタ物語的」な存在なのです。

素朴な疑問なのだけれど、東浩紀がなぜオタク批評のようなことをやっているのか、未だに良くわからない。
別に東じゃなくても出来る仕事では?「それでもやる」って心意気なんすかね。
そこまで東に思わせるラノベ・エロゲというジャンルってそんなに魅惑的なの?